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August 30, 2017

×2は武田海軍

 武田信玄が好きです。

 歴史小説は大体好きですが、オーソドックスなものが好きです。
 山岡宗八とかの、昔ながらの歴史小説を何度も繰り返し読みます。

 武田信玄は、やはり大河ドラマにもなった新田次郎の「武田信玄」が好きです。

 読んだ小説によって、戦国武将のイメージって誓うのだと思いますが、私の武田信玄像は新田次郎の「武田信玄」です。

 昔習った歴史が、なんだか間違っていたとかなんとか、後で言われると、腹立ちますよね。
 小学校のときに教科書に載っていた武田信玄の肖像画が、実は関係ない人だったとか。

 そんなこと今さら言われてもねえ。
 武田信玄って言ったら、「禿+もみあげ」でしょう。これは譲れないですよね。

 今さら違うって言われても、もう無理です。
 私の信玄像はあくまで「禿+もみあげ」です。

 肖像画はどうでもいいのですが、武田信玄は三方ヶ原の戦いで徳川家康を粉砕した後、病気で亡くなります。
 葬儀が執り行われたのは死亡してから3年後でした。

 跡を継いだのは武田勝頼です。
 武田勝頼の時代に武田家の最大版図を達成しますが、みなさんご存知、これも教科書に出てくる「長篠の戦い」で、武田軍は織田信長率いる「鉄砲隊」に「三段鉄砲」の戦術で粉砕されます。

 これも、小学校で習った三段鉄砲はどうやら嘘っぽいというのが今の歴史解釈なんだとか。
 これはある意味納得できます。

 どこの世界に、鉄砲がズラッと並んだところに、騎馬又は徒士で正面切って突っ込んでいくバカがいるのか。
 それも1人や2人ならまだしも、何千人もそんなことで死ぬわけない。
 死ぬに決まっているのにそんなことするのかなあと子供ながらに思っていました。

 実際は織田方の武将が武田軍の調略により謀反するはずだったのが、逆にそれが織田方の策で、裏切りを期待した武田方の指揮系統が乱れ、さらには武田方の御親類衆が勝手に退却してしまい、総崩れとなったところを、馬防策から出てきた織田軍に叩きのめされたということらしいです。

 その辺のことは、新田次郎の武田信玄の続編である「武田勝頼」を読んでください。

 「武田勝頼」は「武田信玄」と違って、読んでいてもイライラするところばかりなので、信玄ファンは面白くないかもしれません(笑)。
 とりあえず、読むと穴山梅雪が嫌いになるでしょう。

 で、実はというか、武田家には、信玄の時代から海軍があったのです。

 天下への道筋を確かにするためには、内陸国の甲斐・信濃しか支配していない信玄は、どうしても海に出る必要がありました。
 そのため、信玄は今川家との婚姻関係を無視して今川を徳川と挟み撃ちにして滅ぼします。

 駿河を得た信玄は、武田海軍を作ります。

 しかし、武田海軍を使用することないまま、武田信玄は没します。

 時代は流れ、勝頼の時代になります。

 武田家と同盟関係にあった長島の一向宗である願証寺が織田信長の攻撃を受けます。

 願証寺は武田家に救援を求め、なんとか武田海軍を救援に送ってほしいと要請します。

 陸路では駿河や信濃から伊勢の願証寺を救援することはできませんが、海路であれば可能。

 ここぞ、まさに武田海軍を使うとき・・・となるのですが、ここで揉めます。

 また例の、穴山梅雪を含めた、武田家の「御親類衆」が難癖をつけるのです。

「武田海軍は天下取りの戦に使用するものである。」

「武田海軍を使うときは上洛時でなければならぬ。」

「それが信玄公の御意向であった。」

とか、もったいつけはじめるわけです。

 模型の船ではないのだから、使わなければ意味がないのに、なぜか置き物のように海軍を扱ってしまう御親類衆。

 武田家は合議制であり、勝頼といえども御親類衆を含めた合議の意見には逆らえず、結果として願証寺を見殺しにします。

 最終的に武田家は天目山で信長に滅ぼされるわけですが、結局武田海軍は滅亡まで一度も使われることのないまま。
 そっくりそのまま徳川家康に吸収されることになります。

※三国志と違って、小説しか読んでないので、本当の歴史解釈と異なるかもしれません。そこはただの戦国好きの話と割り切ってください。


 武田海軍を使っても、結局滅んだのかもしれないですが、もったいないなあと、いつも思ってしまいます。

 そして、思うのが、キャロットの×も「武田海軍」と化していないかと。

 ×なしの年は、とりあえずここは×をためる時と考えて、動かざること山のごとし。

 翌年×1となるも、どうも思ったほど気に入った馬がいない。ここはまだ×を使う時ではない。
 動かざること山のごとしで、ここも×取り。

 そしてさらに翌年、ついに×2に。
 ここが×の使いどころと思う。しかし、欲しい馬はどれも人気。
 ×2を持っているのだから今さら不人気馬に行くのはもったいない。×2はまさに「天下分け目」といえる馬に使うべき。
 果敢に人気馬に挑戦。
 落選。結果として動かざること山のごとしとなり×2継続。

 その翌年も、同じことが起こりえます。
 武田海軍のように×2をありがたがり、神格化することによって、余計に使いにくくなるというか、結果として役に立たないかも。

 なんかこんなことを考えてしまいました。

 武田勝頼のようにはなりたくないし、かといってどうしたら自分として納得が行くのか。
 人それぞれ考え方もあるので、なかなか難しいですね。


 ちなみに新田次郎の「武田勝頼」ですが、真田昌幸が出てきます。
 武田勝頼よりも、タイトルが真田昌幸のほうが良かったんじゃないかと思うくらい真田昌幸は活躍します。
 真田昌幸は「武田信玄」の後半から登場するので、真田昌幸ファンの方は、ぜひ、新田次郎の「武田信玄」及び「武田勝頼」を読んでみてくださいね。

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Comments

いつも楽しく拝見させて頂いております。

私の戦国武将では武田信玄が大好きですね。色々な改革や発明をした武将としてとても憧れます。
そして同じく穴山梅雪が大っ嫌いです(笑)

何だか久しぶりに新田次郎を読んでみたくなりました、有難う御座います。

Posted by: むら | August 30, 2017 at 10:50 PM

むらさん、コメントいただきありがとうございます!
武田信玄は決して肥沃な土地とは言えない甲斐から天下を目指したところがすごいと思います。穴山梅雪の「勝頼どの」という言葉を見ると、なんだか私も嫌いになります(笑)。
直木賞作家の新田次郎の描く、信玄像は格好良くて、やはり支持されるのも納得が行きます。私もまた武田信玄が読みたくなりました。

Posted by: 競馬悟空 | August 31, 2017 at 07:58 AM

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