今日は以前に、チラッと言いましたが、例の馬券の税金について、税金の法律上の建前から現実的な内容までを一通り考えたいと思います。
一口馬主に直接関係する部分は最後まで読んでも出てきませんので、暇で仕方ないとか、飲み会のネタにしたいとか、そういう人だけお読みください。
感情論は抜きにして、なるべく税法の条文に沿って考えたいと思いますので、読んでるうちに腹が立つかもしれませんが、その辺はあらかじめご了承ください。
なお、すでに馬券購入時点で25%のテラ銭を取られて、その一部が国庫に入るにもかかわらず、払い戻し時にも課税されるのは二重課税であるという議論についてはここでは触れません。基本的には課税のタイミングが違うので二重課税にはならないというのが結論になるかと思いますが、今回はあくまで払い戻し時の課税の話だけです。
まず、昨年末に話題になった、馬券で1.5億儲けたら6億くらいの税金を払えと税務署に言われたという話についてですが、要約すると次の通りです。
*** 要約 ***
・会社員のAさんは7~8年前から、市販の競馬予想ソフトをベースに独自のシステムを構築し、インターネット上で馬券を購入するようになった。
・そして、JRAで開催されている期間の全競馬場のほぼ全レースの馬券を購入し続けていた。
・当初の資金は100万円だったが、順調に増え続け、過去5年間の馬券の収支は、購入金額が合計約35億円、配当金額が合計約36億5千万円となり、5年間で約1.5億円の黒字となった。
・合計としては約36億5千万円の配当を得たことになっているが、実際に口座に入金されていたのは、あたりまえではあるが、購入金額との差額がまとめて週明けの月曜日にJRAから入金されていただけで、口座の残高は多いときでも数千万円だった。
・ その後Aさんは、国税当局から上記競馬の収支について「一時所得であるため、的中レースの的中した買い目以外の購入金額は一時所得の支出した金額としては一切認められない」として、実際の所得(もうけ)ではなく、約36億の収入金額から、的中レースの的中した買い目の購入金額(収入の5%程度)を差し引いた金額である約35億円に対して課税処分を受け、6億円以上の追徴税額が生じた。
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さて、上記の話の要約を踏まえて、順を追って、馬券と税金の関係について考えていきたいと思います。
1.馬券のもうけは課税されるのか
個人の所得(もうけ)に課される税金は、普段我々が給料から源泉徴収されている、要するに「天引き」されている「所得税」だということは誰もがわかっていることだと思います。
では馬券のもうけは、そもそも課税なのか?宝くじは非課税だってきいたことあるけど、なぜ馬券は課税なのか?と疑問に感じるかもしれません。
所得税法においては、非課税のものについては、所得税法の本法(法律そのもの)で定められており、そこで定められている非課税項目以外のものについてはすべて課税となります。
宝くじの当選金については、所得税法よりも優先されて効力を発揮する特別法である「当せん金付証票法」で「非課税」と定められています。一方、馬券のもうけについては、所得税法本法においても、他の法律においても、非課税の定めはありませんので、自動的に課税となるわけです。
2.所得税の区分
話を進める前に、所得税の計算について説明しなければなりません。所得税では、個人の所得(もうけ)を10種類の所得に区分しています。それぞれの所得の金額に応じて色々な控除や特別な計算があるわけです。所得税の計算は結構面倒で、4段階に分けて計算していきます。
まず、個人の所得(もうけ)を、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得の10種類に区分して、「各種所得の金額」を計算するまでが、所得税の計算の第1段階です。
次に、その各種所得の金額を合計したり、一定の所得については、損失がある場合は他のもうけと通算したり(損益通算)し、さらには、前年に一定の損失が生じていた場合は、それを本年に繰り越して控除(繰越控除)したりして、「課税標準額」を求めます。ここまでで第2段階の計算が終了です。
さらに、その「課税標準額」から、各種の「所得控除」を差し引きます。所得控除は結構なじみがあると思います。健康保険や年金などの金額が控除できる社会保険料控除や、1年間に10万円以上の医療費の支出があった場合には医療費控除の適用があります。それらの控除を「課税標準額」から差し引いて、「課税所得金額」を算出します。これで第3段階。
最後に、その課税所得金額に一定の方法で5%~40%の税率に応じて計算した金額が「算出税額」という、まあ簡単に言うと納付すべき税額になります。住宅ローン控除とかがある場合はこの算出税額から、さらにその金額を控除した金額が実際に納付する額となります。
馬券の税金お話からかなりずれてしまった感じがしますが、ここの部分を説明しないと、最終的に上記の事件の大事な部分が理解できなくなってしまうので、あえてくどくどと説明しております。
3.馬券のもうけは何所得?
さて、所得税法では10種の所得があって、それぞれで計算方法が違っていたりするということは上で説明しました。ということは、個人の所得(もうけ)は、それが何所得になるかで税額が変わってくるわけです。したがって、そのもうけが何所得に該当するのかというのは非常に重大なことなわけです。
馬券のもうけは、「一時所得」に通常区分されます。しかし、これについては、所得税法やその他の法律に明文があるわけではありません。所得税法では「各種所得の金額(第1段階の金額)」の一時所得に区分されるのは次のような所得であると記されています。
「一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」
まず、馬券のもうけは、まず不動産所得等の上記いずれの所得にも該当しないのは明らかです。
次に、馬券のもうけというのは、通常、あくまで通常ですが、土日に趣味の範囲で、お小遣いの範囲内で購入し、偶然性を含みながら当たったり外れたりしながら生じるものです。少なくとも、月給取りであれば、馬券のもうけで生活しようとは思っていないはずです。とすると、「営利を目的とする継続的行為」ではありません。ここでいう「営利」とは、事業(業務)活動による利益であり、単なる偶然の産物のもうけは対象としていないと考えるのが普通です。また「継続的行為」についても、業として反復継続して行うことを前提にしていると考えられます。いずれにしても馬券の購入は、通常、「営利を目的とする継続的行為」ではありません。
また、馬券のもうけというのは、毎週毎週発生するものでもないというのは私を含めて全員が同意できると思います。ひどいときは、1か月負けっぱなしなんてのも良くある話です。そう考えるとまさに「一時の所得」と言えます。
さらに、馬券は誰かのためにサービスとして買うものではなく、自分の愉しみとして買うものです。また、家のテレビや冷蔵庫と交換してもらうものでもないため、「役務の提供」でも「資産の譲渡の対価」でもないことは明らかです。
そう考えると、我々が普段自分の愉しみとして買った馬券のもうけは、一時所得の意義とぴったり合致するわけです。
4.一時所得の計算
ということで、普段愉しみとして買う馬券のもうけについては一時所得であるということで誰も異論はないと思います。まあ、異論があってもいいのですが、これに異論をはさむと、結局自分が損をすることになります(理由は後でわかります)。
では、一時所得の計算方法はどのようになっているでしょうか。上でいうところの、「各種所得の金額(第1段階の金額)」の計算の仕方です。
これについては、所得税法第34条で次のように定められています。
「一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額(最高50万円)を控除した金額とする。」
馬券のもうけに置き換えて考えてみましょう。
例)10万円分の馬連(1点1万円の10点買い)で100万円の払い戻しを受けた。
①100万円(総収入金額)-1万円(支出した金額)=99万円
②99万円-50万円(特別控除額)=49万円(一時所得の金額)
ここで大事なことは、収入から差し引くことのできる「支出した金額」が買い目全部の10万円なのか、それとも、的中した買い目の1万円のみなのかということです。
上記の条文では「支出した金額」は「その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る」となっています。この「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」というのが、「的中した買い目の1万円のみ」だというのが国税側の主張です。
国税側はそう解釈したとしても、この条文だけでは、買い目全部の10万円なのか、それとも、的中した買い目の1万円のみなのかは断定はできないとも思えます。
この「支出した金額」と対比されるのが、不動産所得、事業所得、雑所得等の「必要経費」です。
「支出した金額」という言葉は馴染みがなくとも、「必要経費」はよく聞く言葉です。この必要経費というのは、不動産所得、事業所得、山林所得及び雑所得のみに認められている概念ですが、次の通り所得税法で規定されています。
「その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」
「支出した金額」の説明と一部違っています。どこだかわかるでしょうか。
「支出した金額」の説明では、「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」となっていたものが、「必要経費」の説明では「総収入金額を得るため直接に要した費用の額」となっています。
「必要経費」のほうでは、「直接に要した費用の額」として、ある意味包括的に、収入を得るための費用は大体全部必要経費になるという概念であるのに対し、「支出した金額」のほうは、わざわざ、「その収入を生じた原因の発生に伴い」と前置きがしてあります。条文の内容が違うということは、当然、意味があって違うわけです。
国税側の考え方は、おそらく以下の通りと思います。
もし、馬券のもうけが、雑所得であるならば、「必要経費」となるので、「直接要した費用の額」である馬券購入金額全額が総収入金額から控除されてしかるべきである。しかし、一時所得である以上、「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る」のであるから、「的中した買い目の1万円のみ」が「支出した金額」となると考えるのが妥当である。
確かに、言われてみれば法律の条文を読む限り、国税側の言っていることは間違っていない気がします。
5.雑所得ってことでいいんじゃないですか?
ここまで読むと、じゃあ、そういえば一口馬主の税金も確か雑所得だったし、競馬も毎週やってるわけで継続的だとも言えるし、一時の所得なんて面倒なこと言わないで、馬券のもうけも雑所得ってことにすればいいんじゃない?それで解決でしょ、と思うかもしれません。
ところが問題はそうは簡単にはいきません。馬券の所得(もうけ)を雑所得に区分してしまうと、WIN5が的中したときにひどい目にあいます。
その理由は、「2.所得税の区分」で説明した「課税標準額(第2段階の計算)」にあります。
実は、一時所得というのは、納税者にとって、とても有利な所得区分なのです。なぜかというと、なんと太っ腹なことに、一時所得の金額は、第2段階の課税標準額の計算において、1/2になってしまうのです。課税標準額が1/2になるということは、税金が半分(超過累進税率を考慮すると半分以下)になるということですから、これはとてつもなく有利な所得区分なのです。
だから、馬券のもうけが一時所得に区分されているのは、納税者側から見れば大ラッキーです。
どれくらい有利かは以下の計算の差を見れば一目瞭然です。
(例)馬券以外の所得が1,800万円だった人がWIN5で100円馬券を購入し、2億円の払い戻しを受けた。
※超過累進税率の計算が面倒になるので、所得1,800万円というお金持ちがWIN5により支払う税金のみを計算しています。また所得控除は全額馬券のもうけ以外から既に差し引かれている前提です。
(1)馬券のもうけが一時所得の場合
①第1段階
2億円(総収入金額)-100円(支出した金額)=199,999,900円
199,999,900円-50万円(特別控除額)=199,499,900円(一時所得の金額)
②第2段階、第3段階
199,499,900×1/2=99,749,950→99,749,000円(千円未満切捨)
③第4段階
99,749,000×40%=39,899,600円(所得税額)
(2)馬券のもうけが雑所得の場合
①第1段階
2億円(総収入金額)-100円(必要経費)=199,999,900円
②第2段階、第3段階
199,999,900→199,999,000円(千円未満切捨)
③第4段階
199,999,000×40%=79,999,600円(所得税額)
なんと、恐ろしいことに、馬券の所得が雑所得になってしまうと、税金が4千万円も増えてしまいました。
これが上のほうで予告しておいた、一時所得であるということに異論をはさむと自分が損をするという理由です。
普通に、普段の愉しみとして馬券を買っている人からすると、雑所得に区分されるのは受け入れがたいということがよくわかると思います。
結構、税金のことって、わかっていない人が多いのです。以前ある日曜の朝の番組では、弁護士が、「宝くじは非課税ですけど、競馬や競輪の払戻金は半分くらい税金で持って行かれてしまいます」などと真顔で大嘘を言っていました。この方は一時所得は課税標準の計算で1/2になるということを知らなかったんですね。
今回の件も、色々なニュースの記事を読みましたが、意外と大事な部分を無視して、馬券のもうけが一時所得に区分されるのは通達を根拠としているだけだとか、雑所得に区分してはずれ馬券を必要経費とすべきだという内容の記事も散見されました。
ここまで来ると、そんな簡単な問題じゃないんだということをご理解いただけるのではないかと思います。
6.落としどころはあるのか
しつこく、一時所得の「支出した金額」に話を戻しますが、この支出した金額の計算においては、「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る」のであるから、「的中した買い目の1万円のみ」が「支出した金額」となるという話は、所得税法の本では非常に有名な内容で、どの本にも一時所得の解説をするときに出てくるくらいの、ある意味今までは、「あたりまえ」の話だったわけです。
所得税法が考えられた頃は、まさかPCやスマホで馬券を買いまくる人が現れるなんて想像もしてなかったわけですし、そもそも期待値が75%のギャンブルで勝つ人間が出るということも前提としていないわけです。いたとしても、それはごく一部の例外で、まさしく、たまたまWIN5や3連単の高額払い戻しを受けたラッキーな人だという前提なのです。そのラッキーな人から、払い戻しの半分近くもむしり取ったら、あまりにかわいそうだし、夢も希望もないじゃないかということで、一時所得に区分され、課税標準が半額サービスになっているわけです。
だから、国税側としては、一時所得に区分しているのは納税者有利のはずなのに、それに文句をつけるなんて!という気持ちもあるでしょうし、それ以前に、先ほど申し上げた通り、「あたりまえ」のことを変更するのは容易なことではないのです。
ただ一方で、この渦中のAさんは馬券のもうけを全額使わずにとっておいたとしても、約1億5千万円の現金しかないわけで、6億円も課税されても、ない袖は振れないわけです。
ここは、国税側も理解できているはずです。理解できていないとすれば、よっぽど気が触れているとしか思えません。そもそも税金というのは、「担税力」、文字通り税金を担う余力のある人から徴収するというのが前提です。このAさんの場合、6億円は払いたくても払えない、まさしく「担税力」はないわけです。
明らかに担税力がない人から取ろうとするのは、行政コストの無駄ですし、誰も得をしません。その行政コストは、それこそ我々の税金が原資なのですから。
以上のことを踏まえて、落としどころを考えてみたいと思います。
まず、馬券のもうけを全部雑所得に区分するというのは、私は受け入れられません。おそらく多くの人もそう考えると思います。なぜならほとんどすべての競馬ファンにとって不利な変更になるからです。これで有利になるのは、独自の予想ソフトを駆使して全レースで機械的なベッティングを行う人だけでしょう。これはJRAが予定している従来の競馬ファンの利益にもならないでしょう。
次に、従来通り、国税側の主張通りに馬券のもうけすべてを一時所得とするというのは、今回のような別に犯罪行為を行ってるわけでもない人の人生が破滅してしまいます。今までの教科書通りのやり方では、今回のような誰も得をしない無益な争いが繰り広げられるだけです。
落としどころとしては、上記を融合させ、いわゆる一般の競馬ファン、馬券ファンに該当する人は、今まで通り一時所得として課税する。一方で、独自の予想ソフトを駆使して、もはや趣味や余暇とは言えない程度の「業務」として馬券を買う人の所得は雑所得とするしかないでしょう。
じゃあ、一般の競馬ファンと、業務規模の馬券購入者とをどうやって区別するのかが問題です。
まず、競馬場での購入は一時所得で問題ないでしょう。だって機械的に大量ベッティングしようとしても、マークカードを書いているうちに時間切れですから、これは心配無用です。
問題は、即PATなど、インターネット経由で独自の予想ソフトを駆使して機械的に購入している人をどうやって割り出すかということです。
これは、JRAが全PAT会員のBET数を調べることにより対応可能かもしれません。おそらく、予想ソフトで大量のBETをしている人というのは、ごく一部、全体の0.01%くらいとか、そんなところでしょう。そういう人は、BET数が突出して多いはずですので、そういう人に対しては、JRAが個別に警告を出すなり、国税側に報告するなりすれば、割り出して課税することが可能でしょう。
これならば、従来の一時所得という解釈も維持され、国税側の威厳も保たれますし、今回のAさんのような人にとっても、純粋な「もうけ」に対して課税されるので、納税の原資がないというような悲惨な状態は発生しません。
でも、これをやったら、PATの会員は減りそうですね。足がつくなら競馬場やWINSで馬券買うわってことで。一方で競馬場やWINSに人が戻ってくるかもしれませんね。
まあ、上記の落としどころというのは、私が考えた稚拙なアイデアに過ぎませんので、今後関係各所を含めた議論の末に、良い落としどころが見つかることを期待したいです。
競馬を含めギャンブルというのは、いつの日も日陰者です。まじめに働いて稼いでいる人がバカをみないように、ギャンブルに課税が行われるというのは、社会秩序を維持していく以上必要不可欠であるという議論がなくなることは今後もありません。
ただ、余暇で愉しむ人が不利益を被らないように、国税を含めた関係各所に配慮をお願いしたいですね。
※上記内容は個人の感想であり、上記案件の裁判等には一切関係がありません。ただの競馬好きのバカの感想文だということをご理解ください。